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為○氏が盛んに川満センセーの詩を批判するときの「公の言語」というのと、私の詩に言われた「社会性」というのが、とても似ているなーと考えています。
本日の読書中、興味深かったところをアップしますね。
「詩人は誘導される。彼は自らが欲することをなすのではなく、自らに可能なことをなすのである。諸々の情況が、思いもかけぬ形で詩人を語らせてしまう。詩人は愛している女性を語りたいと望むのだが、彼は小鳥を詩う。彼は戦争を語りたいと欲するのだが、愛を口にしてしまう。このように、詩人は自らの詩を書き終えるまで、そのタイトルを知らないのだ。」
かつてはダダ・シュールリアリスムの運動に参加し、のちにレジスタンス詩人となったポール・エリュアールの証言(『詩の現在』、1968年)
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